「死」についての話し、私の死想感です。

2021年6月24日(木)皆さん、こんにちは!

今日はちょっと面白い視点の話しをしましょう。

それは「死」についての話題です。

私は30歳代の半ば頃に「自分が火葬される夢」を見ました。

棺の中に横たわっている自分がなぜか意識があって、火葬場の炉に入るときに

自分の足元を見ているんですね。(棺の中は真っ暗なはずですので、足が見える

のはそもそもおかしいのですが。笑)

そうしていると炉の中でボォっと火が入る音がして、やがて自分の足元の方の

棺の隅が黒く焦げてきて炎が棺の中へ、、その時の心境がなんとも言えず、

「あーこれで自分の身体が焼かれてしまう。

 あんなこと、こんなこと、やっておきたかったことがあったのになぁ、、」

「身体が焼かれて無くなってしまったら、もう何もできないんだ・・」

と、とても哀しい気持ちになりました。

なりました、というか、火葬される時にそういう心境になることが分かったのです。

そこではっと目が覚めて、あー夢だったのか!と。そして、夢で良かった!と

思い、自分が焼かれる時にあんな気持ちになるんだったら、今日からの命は

「自分がやりたいことだけに全力を使おう!」と決意したわけです。

そこで、具体的な行動として2つのことを決めました。

1、40歳で今の仕事(会社)を退職して、自分で事業を起こそう。

2、それまでの5年ほどは起業するための準備の時間に充てよう!

このことを胸の中で決意して、その後は実現のための具体的な行動を起こして

いくわけです。

そして、その決意は実際に2012年12月に実践し、2013年1月から自分が代表を

務める「ファン度レイジング・マーケティング」を設立し、全国のスーパー

マーケットや飲食店、そしてNPOの皆さんを盛り上げるためのアドバイザー

としての業を背負っていくわけです。

※ファン度レイジング・マーケティングについて https://fundraising-mk.jp

私はよく自分の死を想像します。

「何歳で死ぬのか」

「どういう理由で死ぬことになるのか」

「死ぬ時はどんなところで死ぬことになり、その時どんな気持ちになるのか?」

などを考えるわけです。

自分の死にとても興味があります。

最近、気持ちに入った言葉があります。

「死んでるヒマはない」=命尽きるまでやりたいことがたくさんあって、それを

 やり尽くすまでは死ねない!という意味。

「楽をするのは死んでから」=死んだら何もできなくなるし、する必要もないので

 楽ができる。だから死ぬまでは努力をし続ける必要がある。という意味。

「死は生物が編み出した最大の発明。死があることで次の命が生まれる」

=Apple創業者のスティーブ・ジョブスの言葉。死は誰にも訪れる出来事で、それを

避けたり、過度に恐れる必要はない。自然の摂理として受け止めればいい、という

意味。

これらの言葉に加えて、今日出会った言葉が、

「Too Young To Die」です。

直訳すると「死ぬには若過ぎる」となります。

意訳すると「死んでるヒマはない」でしょうか。笑

新型コロナウィルス感染症によって人の体に起きることの最終地点は「死」ですよね。

どうなんでしょう。

「死」は命あるもの必ず訪れる日常生活の出来事のひとつですよね。

遅かれ早かれ、人は何かの原因でその命を終えることになります。

であれば、新型コロナウィルス感染症でこれほど世の中を止める必要があるのでしょうか、

というのが私の感覚です。

「死」は想定の範囲内です。

感染したら奇想天外、未だかつて人類史上予想だにしなかった現象が身体に現れるのでしたら

社会を全て止めてでも食い止める必要がありますが、今のところそんな現象は起きていません。

むしろ日常生活が行き詰まって自らの命を経つ人が現れる、生活や人生に悲観する人が増える、

社会を止めることでそんな哀しい状況を引き起こしているのではないでしょうか。

新型コロナウィルスに感染しても起きる最終的なことは「死」ぐらいです。

そう考えると、なんだ!それだけのことか、、で、じゃあ普通に生活しよう!という価値観の

転換にならないものでしょうか。

新型コロナウィルス感染を騒ぎ始めて1年半経過して、いまだに私の中では大きな謎です。

こういうのを「パニック」(解決の糸口を見失った混乱)というのでしょうね。